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自殺chapter8
死後の不安と自殺
「死に向かわざるをえない生」の悲劇

 

一瞬の判断ミスが、この世の地獄を現出します。

韓国の金海国際空港北方の山に、平成14年4月15日、中国国際航空129便が墜落、百数十名の死者を出しました。

ニュース映像は、墜落の惨劇を伝えたましたが、飛行機事故としては異例の39名もの生存が確認されています。墜落までの間、乗客たちは一体、何を思ったのでしょうか。

すべての人間存在は、降り場のない100パーセント墜落の飛行機、と例えられます。果たしてそこに、人間苦悩の本質を見る思いがします。

作家の芥川龍之介は、自殺する直前、旧友へあてた遺書の中で、自分には「ぼんやりした不安」がある、と告白しました。

不安――。『広辞苑』には、実存主義哲学の重要概念の1つ、とあります。

・恐怖は特定のものについての恐怖であるのに対して、不安の対象は無であり、われわれは「なんとはなしに不安」なのである。(山崎正一ほか編『現代哲学事典』講談社)

・ふと自分が言い知れぬ生の無意味のなかに置かれていることに気がつく――あるいは漠と予感する――瞬間がある。(中略)どういう言葉を当て嵌めてよいかも分からない空虚感。時間の彼方になにか黒々とした深い闇があって、自分がベルトコンベアに乗せられ、否応なしに前へ前へと押されていく徒労感。それでいて、その抗しがたいものから身を引き離そうとすると、目の前の小さな用務やささやかな楽しみごとによって一時的に退避する「忘却の智恵」以外に方法を知らないもどかしさ。そんなふうに言ってみても、やるせない思いがし、何をしても何を見てもつまらないこの倦怠の感覚を、私はうまく説明したようには思えない。(西尾幹二著『人生の価値について』新潮選書)

フランスの哲学者パスカルは、その著『パンセ』の中で、〈人間の状態。気まぐれ、倦怠、不安〉と、語っています。人生を語る多くの作家や哲学者が、この不安と倦怠の深淵に踏み込み、引きずり回されました。

トルストイもまたその1人であり、彼の伝記はこう伝えています。

・トルストイの精神的歴史もまたこのようにしてはじまった。彼もまた世の権力者たちの「上座にすわる」人であった。先祖伝来の家に裕福にのんびりと暮していた。はちきれんばかりの健康と体力に恵まれ、彼が愛し、欲した少女を妻にめとることができた。妻は彼のために13人の子をうんだ。彼の手と心から生まれた作品は不朽の名作とされて、時代を越えて輝いた。ヤスナヤ・ポリャーナの農夫たちは、このおえらい領主様が馬をとばしてそばをはしり過ぎるとき、うやうやしく頭を垂れた。全世界の人は彼の嘖々たる名声の前にうやうやしく頭を下げた。(中略)レオ・トルストイにとって何ひとつ欠けるものはなかった。あるとき彼は手紙の中で、人間としての最も大胆な言葉を書いた、「僕は余すところなく仕合せだ。」

しかも突然、一夜のうちにこれらすべてが何の意味も、何の価値もなくなってしまったのだ。あの仕事好きな人が仕事嫌いになってしまった。妻は彼にとって縁なき衆生となり、子供たちはどうでもいいものになってしまった。夜毎に彼は乱れたベッドに起き上り、病人のように休みなくあちらこちら歩きまわる。昼間は眠った手と動かぬ目で仕事机の前にぼんやり坐っている。あるときは急いで階段を駈け上り、武器を自分自身に向けることがないように、猟銃を戸棚の中にしまいこむ。ときおり彼は、胸がはりさけんばかりにうめいた。ときおり、暗くした部屋の中で子供のように咽びないた。手紙も開かず、友だちもよせつけなかった。息子たちはおずおずした目で、妻は絶望して、この急にふさぎこんでしまった人を見た。……(堀内明訳『三人の自伝作家』みすず書房「ツヴァイク全集10」)

トルストイの突如の困惑。築き上げた栄誉と幸福を、その内面から、無数の破片にひび割れさせ、光を失わせたものは、何だったのでしょうか。

・門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし(一休)

禅僧一休は人間を「冥土への旅人」と言っています。「冥土」とは「死後の世界」の事です。なるほど人生は冥土の旅にちがいありません。1日生きれば1日死に近づいています。世界の時計を止めても、それは止まることはありません。

3日後の大事な試験が、学生の今の心を暗くします。5日後に大手術をひかえた患者に、「今日だけでも、楽しくやろうじゃないか」といってもムリでしょう。

未来が暗いと現在が暗くなります。墜落を知った飛行機の乗客を考えて見てください。どんな食事もおいしくないし、コメディ映画もおもしろくなくなります。快適な旅どころではなく、不安におびえ、狼狽し、泣き叫ぶ者もでてくるでしょう。

乗客の苦悩の元はこの場合、やがておきる墜落ですが、墜死だけが恐怖なのではなく、悲劇に近づくフライトそのものが、地獄なのです。

未来が暗いと、現在が暗くなる。現在が暗いのは、未来が暗いからです。死後の不安と現在の不安は、切り離せないものであることがわかあります。後生暗いままで明るい現在を築こうとしても、できる道理がないのです。

トルストイは、墜落を知ってしまった乗客でした。

他の乗客の目には、周囲はあくまで、穏やかな光景で、脅かすものは何1つ映りません。ですが、高度1万メートル以上を、時速約1000キロで飛んでいること自体が、危険極まる状態ではありませんか。もし着陸地がなければ、乗客の「今」は、不安と絶望以外、何ものもないでしょう。

飛行機に墜落以上の大問題はないように、人生に「死」以上の大問題はありません。しかも、全人類はこの一大事から、だれ1人逃れることはできないのです。「死に向かわざるをえない生」は、それ自体が、悲劇なのです。

トルストイは言います。

・生に酔いしれている間だけは生きても行けよう、が、さめてみれば、これらの一切が――ごまかしであり、それも愚かしいごまかしであることに気づかぬわけにはいかないはずだ!(トルストイ著、中村白葉・中村融訳『懺悔』)

墜落途上の飛行機とさとった時、生きがいとしてきた家族も芸術も、底知れぬ不安をごまかす一手段にすぎなかったと、トルストイ自身が認めています。

他の乗客はまるで何事もないように、機内食に舌鼓を打ち、外の景色や会話を楽しんでいます。しかし、この飛行機のたどる運命に気づいた時、どうして平静でいられましょうか。

こんな時、「まったりと飛ぼう」だとか、
「飛ぶ。私はただそのことだけでいいと思うんです」
などと語る乗客など、いるはずがありません。

墜落不可避の飛行機は、どう飛んでも悲劇にしかなりません。生死の一大事を抱える万人の人生もまた、本質は苦しみでしかないのです。そう思えないとしたら、事態を正しく理解していないだけではないでしょうか。

 

あなたが仏教から学べるたった一つのこと

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