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chapter9
人生は無意味なのか?
トルストイの結論と生きる目的の解明

 

人類史上、幾多の人が人生の目的を知りえぬ絶望の中に死んでいったことでしょうか。その中でも、ひときわ強烈な記録を残したのが、トルストイです。

ロシアの大文豪トルストイは30代で『戦争と平和』を書き、文学者として世界的な名声を得ています。そしてロシア国民から英雄、あるいは人類の教師のように慕われました。そのトルストイが30代後半から約10年の歳月をかけて、人生の目的について真っ正面から取り組み、深い絶望に陥っているのです。

その赤裸々な告白が有名な『懺悔』です。トルストイはまず生きる目的を知らずに生きている人間の姿を、次のようにたとえています。

・船にのって波のまにまに漂わされている人が『どこへたどり着いたらよいだろう』という最も大事な唯一の問いに対して、まともに答えず『なあに、どこかしらへ持って行ってくれるよ』と答えるのと全く同じだ。

こんな疑問も提示して、彼は必死に生きる目的の探求を開始しました。

・私は自分が何の為に生きているのかを知りたいと思った。で、その為に私以外のあらゆる事物を研究した。

・何故に私は生きているのか。

・私は何をなすべきであるか。

・私の行く手に待ち構えているあの避けがたい死によって滅せられない悠久の意義が私の生活にあるのだろうか。

・一体、何が必要なのか、肝心の自分が知らないのだから、何一つ教える力が自分には無い。

人々はトルストイを人類の教師のように尊敬していましたが、内実は生きる目的を知らず、「何一つ教える力が自分にはない」と苦しむ姿が、そこにはあったのです。

・私はこの疑問に答えようと試みた。この疑問は実に愚劣な、単純な、子供臭いものに思われていたのだが、いざ取り上げて、解決しようという段になると、たちまち私はまず第一にそれが子供染みた愚かしい疑問でないどころか、人生における最も重大な深刻な問題であるということを、それから更にいかほど頭をひねっても、自分にはこれを解決することができないのだということを信ぜざるを得なかった。

・この疑問は悠々と答を待ってはいない。すぐに解答しなければならぬ。答がなければ生きていくことができないのだ。しかも答は無いのであった。

・私はありとあらゆる知識の中に、その解答を探し求めた。しかしながら、それを見いだすことができなかった。

・哲学は、『我とは何ぞ?全世界とは何ぞ?』という難問に対して、すべてである、そして皆無である、と答え得るばかりであり、また『何故に?』という疑問に対しては『その点は知らない』と答えることができるだけである。こういう次第で、いかほど哲学の理論上の解答をひねくり回しても、私はどうしても解答らしい解答を、何一つ受けることができなかった。

・我が生存の意義は如何?──そんな意義なんてものは何もない。我が生活からいかなるものが生まれて来るか?−−何にも生まれて来ない。何故に存在するところのすべてのものが存在するのか、またこの私は存在するのか。存在するから存在するのだ。こういう解答しか得られない事を私は悟り得たのだった。

トルストイに見えてきた結論は恐るべきものでした。

・人生は無意味なものである。これが真理だった。自分の前には滅亡のほか何物もないことを発見したのである。

・零イコ−ル零である。

・人生はひっきょう無意義であるという事実が、すべての人の究め得る、確実な、唯一の知識である。

・人生は無意味な悪の連続である。これは疑う余地のない厳然たる事実だ。

・理性の支配する知識は、人生が無意味であるという認識に私を導いた。

人生は無意味である、と絶望したトルストイは、しばしば自殺の衝動にかられています。

・私は全力を集中して生から脱却しようともがいた。自殺という考えが極めて自然に湧き起こってきた。

・お前は人生の意義を悟ることが出来ないのだ、考えずに、ただ生きよと、いかほど自分に言ってみても、私はそれを敢えてする事ができない。

・この世に生をうけなかった者は幸福だ。死は生よりましである。生より脱却しなければならない。

トルストイは西洋哲学のあらゆる文献を彼の地位と財力で集められるだけ集めて、それを約10年の歳月をかけて調べ尽くしていました。

「人生は無意味である」いかなる西洋哲学をもってしても、この1行は改めえなかったと約10年の労作の末、トルストイは述べています。

他を圧倒する哲学

ギリシャのソクラテスから現代のハイデッガー、サルトルに至るまで、西洋は無数の哲学者を生み出しました。無数の哲学が現れたということは、言い換えれば、他を圧倒する哲学が1つも無かったとも言えます。

しかし、東洋においては、無数の哲学者がうまれることはありませんでした。

なぜなら、約2600年前、釈迦が、哲学の根本問題である「生きる目的」を明らかにされているからです。

そして浄土真宗の宗祖である親鸞聖人は29歳の時、その目的を達成されました。その喜びを主著『教行信証』にこう書かれています。

・慶ばしきかなや、西蕃・月氏の聖典、東夏・日域の師釈に、遇い難くして今遇うことを得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり。(教行信証総序)

・慶しきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。(中略)慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。(教行信証後序)

慶ばしきかな、遇い難くして、いま遇うことを得たぞ。聞き難くしてすでに聞くことを得たぞ。

『教行信証』はじめ聖人のご著書には、生命の歓喜があふれています。これが一度でも聖人の言葉に触れた人を魅了せずにはおかないのです。そこに「とてつもない何かがある」と感じるのです。そうした言葉を紹介してみましょう。

三木清(哲学者)

・『教行信証』は思索と体験とが渾然として一体をなした稀有の書である。それはその根抵に深く抒情を湛えた芸術作品でさえある。実に親鸞のどの著述に接しても我々を先ず打つものはその抒情の不思議な魅力であり、そしてこれは彼の豊かな体験の深みから溢れ出たものにほかならない。

・そこには人格的な体験が満ち溢れている。経典や論釈からの引用の一々に至るまで、悉く自己の体験によって裏打ちされているのである。親鸞はつねに生の現実の上に立ち、体験を重んじた。(以上、『親鸞』)

田辺元(哲学者)

・親鸞は私の哲学に於て学ぶべき師であり指導者である。

・親鸞の教行信証が私に与えた指導教化は、殆ど計り知られない程大きいものである。(以上、『懺悔道としての哲学』)

井上靖(作家・詩人)

・宗教家としては烈しく純粋。思想家としては純粋で烈しい。700年後の今日、その教えは日本人の心の中に生きている。いや、親鸞は今や世界の親鸞として、その姿を大きくしている。人類が今日ほど親鸞を必要としている秋はない。(讃歌「親鸞」)

・親鸞について、最初に感動したのは、彼が書写した自筆本『観無量寿経註』なるものを見た時である。これは国宝に指定されていて、数年前の親鸞聖人誕生800年の記念展観でお目にかかったのであるが、有体に言って、世の中には怖いものがあるものだと思った。観無量寿経を書き写し、その行間、余白、欄外ははもちろんのこと、紙背全面にわたって、ぎっしりと細字で、唐代高僧の経註の書き込みがある。謂ってみれば、これは親鸞の観無量寿経の勉学ノートである。
 書き入れてある経註から見て、この書写は、親鸞の流罪になる前の、つまり35歳以前のものとみるのが妥当だとされているそうであるが、親鸞は青年期から壮年期にかけて、このような勉学の時代を持っていたのである。こうしたことは『観無量寿経註』1巻だけではない。同じく国宝に指定されている『阿弥陀経註』1巻がある。
  私は4、5年前に『観無量寿経註』の覆刻版を手に入れ、時に巻ものを繙くことがあるが、いつもその度に襟をたださざるを得ない思いにさせられる。1つのことを理解するということは、これだけの手順と、これだけの精神集中度の持続を要する作業なのだ、そんな思いに打たれる。この春、京都博物館で開催された日本国宝展で、2度目に本ものの国宝の1巻にお目にかかったが、その時は、ただ頭を下げて、その前を通った。(『私の中の日本人』)

丹羽文雄(作家)

・この10年来、私は親鸞を知りたいと思いつづけて来た。(中略)夜更まで私が読書していることがあれば、それは親鸞に関係した書物に向っているときであり、飢えた人のようであった。内外の文学書を読むことがほとんどなくなった。(中略)親鸞のようなひとにめぐり会えたことは、一介の文学者としても、人間としても、生涯のよろこびである。(『新版親鸞』あとがき)

吉川英治(作家)

・わたくしは、何ということなく、親鸞がすきだ。蓮如がすきだ。すき、嫌いでいうのはへんだけれど、正直な表現でいえば、そうなる。(『われ以外みなわが師』蓮如をおもう)

・青年ごろから、自分の思索にはおぼろげながら親鸞がすでにあった。親鸞の教義を味解してというよりも――親鸞自身が告白している死ぬまで愚痴鈍根のたちきれない人間として彼が――直ちに好きだったのである。(『親鸞』序文)

倉田百三(劇作家)

・トルストイの如きは日本の法然や、親鸞の宗教を知ったら、誰れよりも先きに随喜する人ではなかったかと思うのだ。

・ニイチェでも、トルストイでも、ボードレールでもこれを読んだら驚くだろう。トルストイの如きは82歳の家出後に於て、死なずに、これを読んだら、更に転心して念仏に帰しはしなかったであろうか。(以上、『法然と親鸞の信仰』)

多くの文学者や哲学者が親鸞聖人に魅せられているのは、親鸞聖人の教えの中に説示されている生きる目的が強力な磁力を発しているからです。それが本当に分かった時、人生は一変します。

では人生の目的とは何であると、親鸞聖人は教えておられるのでしょうか。

親鸞聖人の答えは、簡潔で明快です。

「生きる目的は、金でもなければ財でもない。名誉でもなければ地位でもない。人生苦悩の根元を断ち切られ、よくぞ人間に生まれたものぞ≠ニ生命の歓喜を得て、未来永遠の幸福に生きること」です。

これを「摂取不捨の利益を得る」とも「無碍の一道」ともいわれています。

「よろこばしきかな」で始まり、「よろこばしきかな」で終わる『教行信証』の、ピンピン輝く生命の歓喜は、この目的を達成した聖人の、熱火の法悦なのです。

それを、『歎異鈔』には、次のように書かれています。

・「弥陀の誓願不思議に、たすけられ参らせて、往生をば遂ぐるなり」と信じて、「念仏申さん」と、思いたつ心の発るとき、すなわち、摂取不捨の利益にあずけしめ給うなり。 弥陀の本願には、老少・善悪の人をえらばず、ただ、信心を要とすと知るべし(『歎異鈔』1章)

「弥陀の誓願は、すべての者を、摂取不捨の利益(絶対の幸福)にせずにはおかぬ≠ニいう誓いである。その弥陀の誓願まことだったと知らされ、念仏申さんと思いたつ心のおきたとき、摂取不捨の利益にあずかり絶対の幸福≠ノなれる。善人悪人などの分け隔ては、まったくない」

『歎異鈔』を読む動機はいろいろでしょう。名文だから、有名だから、親鸞聖人に関心があるから、などなどあるでしょうが、やはり、ここに説かれる「摂取不捨の利益」に生きたいから、と思いたい。

「摂取不捨」とは文字通り摂め取って捨てぬ≠アとであり、「利益」は幸福≠いいます。ガチッと摂め取られて、捨てられない幸福≠「摂取不捨の利益」と言われています。

私たちは、健康から、子供から、恋人から、友人から、会社から、金や財から、名誉や地位から、捨てられないかと戦々恐々としてはいないでしょうか。幸福に見捨てられるのではなかろうかと、薄氷を踏むようにいつも不安におびえています。捕らえたと思った楽しみも一夜の夢、握ったと信じた幸福も一朝の幻、線香花火のように儚いものだと知っているからです。たとえしばらくあったとしても、やがて、すべてから見放されるときが来ます。

蓮如上人の遺訓を聞いてみましょう。

・まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも、相添うことあるべからず。されば、死出の山路の末・三塗の大河をば、ただ一人こそ行きなんずれ(『御文章』)

「いままで頼りにし、力にしてきた妻子や金や物も、いよいよ死んでゆくときは、何一つ頼りになるものはない。すべてから見放されて、1人でこの世を去らねばならない。丸裸でいったい、どこへゆくのだろうか」

咲き誇った花も散るときが来るように、死の巌頭に立てば、必死にかき集めた財宝も、名誉も地位も、すべてわが身から離散し、1人で地上を去らねばなりません。

これほどの不幸があるでしょうか。こんな大悲劇に向かっている人類に、絶対の幸福の厳存を明示されているのが、親鸞聖人です。絶対捨てられない身にガチッと摂め取られて、

・人身受け難し、今すでに受く(釈尊)

よくぞ人間に生まれたものぞ≠ニ、ピンピン輝く摂取不捨の幸福こそ、万人の求めるものであり、人生の目的なのです。

 

「なぜ人を殺してはいけないのか」の問いに、大人たちはギクリとたじろぎました。大人も子供も不幸なのは、生きるよろこびを感じられないところにあります。

「人生には意味があるのか」
「苦しくとも生きる価値があるのか」

人類は、混迷の度を深めています。

そんな中、なんと生きるとは素晴らしいことなのか……$e鸞聖人は、高らかに叫びあげられています。こんな生命の尊厳さを知れば、臓器移植までしてなぜ生きるのか、なぜ自殺してはならぬのか、なぜ人命は地球より重いのか、人間存在の疑団が氷解し、諸問題の解決に、たくましく前進できるのではないでしょうか。

真の人生の目的を知ったとき、一切の悩みも苦しみも意味を持ち、それに向かって生きるとき、すべての努力は報われるのです。

推薦図書

もっと詳しくお知りになりたい方は、次の書籍をお勧めします。

「なぜ生きる」(高森顕徹監修|明橋大二・伊藤健太郎 著)
「歎異抄をひらく」(高森顕徹 著)

 

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