T01-歴史の終わり?/フランシス・フクヤマ

「歴史の終わり――もちろんそれは、人が生まれ、生活し、死ぬという自然なサイクルの終わりを指すのではない」(フランシス・フクヤマ)

日系3世のアメリカ人、フランシス・フクヤマの著した『歴史の終わり』は、近年、世界の知識人に最も大きな影響を与えた、と評価されています。

歴史の終わり、とはどういうことでしょう。


ベルリンの壁の崩壊は、冷戦の終結、社会主
義体制の敗北を意味していた。
これまで世界には、さまざまな社会体制がありましたが、それらが競合するうちに、より不適当なものが淘汰され、最終的には最も優れたものが残るという考え方が、この根底にあります。人間性に著しく反したり、生産性の低いものは、排除されてゆくからです。

世紀末の、ソ連、東欧の共産主義政権の崩壊は、最も劇的に、私たちにそれを示してくれたといえましょう。

へーゲルもマルクスも、社会の進歩は無限に続くのではなく、人類が根本的なあこがれを満たす社会形態を実現したとき終わりを迎える、と信じていました。へーゲルにとっては自由主義国家、マルクスにとって共産主義社会がそれだったのです。

そうした思想を受けて、フクヤマ氏は主張します。

20世紀において、第2次大戦でナチス・ドイツ、日本軍国主義などの全体主義を打ち破り、冷戦で共産主義に勝利した民主主義・自由市場経済体制が、最終的に最適な体制であることが証明された。これをもって、進歩のプロセスとしての「歴史」は終わりを告げたのだ

しかし、いかに素晴らしい社会体制も、あくまで手段であって目的ではありません。

フクヤマ氏自身も認めるように、「人が生まれ、生活し、死ぬという自然なサイクル」に終わりはないのです。

社会体制がいかに変わろうと、生死の一大事を解決しうる真の宗教が根底にない限り、人類の真の幸福はありえません。

最適の手段が見つかったとするならば、本当の幸福を求める真の歴史がこれから始まるのだと考えるべきでしょう。