C03-何が起きるか分からない/歎異鈔

煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もって空事・たわごと・真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて在します(歎異鈔)

「いつ何が起きるか分からない、火宅無常の世界に住む、煩悩にまみれた人間のすべてのことは、空事であり、たわごとであり、まことは1つもない。ただ念仏のみがまことなのだ」

親鸞聖人のお言葉です。

大学入試センター試験の問題にかかわる書き込みが、直前にインターネット上の掲示板になされました

問題を知っていた関係者による流出の可能性が疑われましたが、センター側は、「問題は厳重に管理され、漏洩はあり得ない。偶然としか考えられない」と文科省に報告したといいます。

スマトラ島沖大地震と津波による死者、行方不明者は約30万人に達し、世界的なリゾート地も壊滅的な打撃を受けました。

年末の休暇をのんびり過ごしていた人々は、「あり得ない」事態に、何が起こったかすら理解できないまま、命を奪われたに違いありません。


脆弱な人生を、我々は生きている
広島県福山市の特別養護老人ホームで、7人が次々に亡くなりました。正体不明の奇病かと騒がれましたが、原因はノロウイルスによる感染性胃腸炎。実は大して珍しくもない病気だといわれます。

しかし、匿名の通報を受けて保健所が問い合わせるまで、老人ホームは報告もしていなかったのだから、のんびりしたものです。

考えてみれば、実に脆弱な人生を、我々は生きています。

一寸先は闇。この世に、「そんなことあり得ない」などと言えることは何もありません。「備えあれば、憂いなし」とは言いますが、何にどこまで備えればよいのでしょう。最善を尽くして備えても、朝に紅顔あって夕に白骨となる無常のわが身。次の瞬間、どうなるか分かりません。結局、不安は尽きないのです。

つまりは、確実な未来である死に備えるしかないのでしょう。

「念仏のみぞまこと」の断言は、「本願のみぞまこと」を言い換えられたものです。

空事たわごと、ウソっぱちだらけの世にあって、親鸞聖人は、弥陀の本願だけが真実だと言われています。

弥陀の本願とは、「死後のハッキリしない心・無明の闇を破り、"極楽浄土へ必ず往ける"大安心・大満足の身にしてみせる」との誓願です。

この「弥陀の本願のみぞまこと」と知らされ、いつ死んでも"必ず浄土へ往ける"大満足の身になってこそ、本当の幸せ者といえるのではないでしょうか。