P08-人生の漂流者/諸井清二

「目的地に向かって走れないということが、これほど恐ろしいと思ったことはなかった」(諸井清二さん)

ヨット「酒呑童子」で、太平洋を3ヵ月間漂流したのが諸井清二さん。

平成6年3月8日の大シケで転覆、マストが折れ、かじが利かなくなった時、「もしもの時のことを考え、何かを残しておかなければ」と、揺れる心を航海日誌に書きとめました。

3月8日 航行不能となる。

3月13日 東から西へ船が一隻。煙突が黄色い貨物船。
       合図をしたが反応なし。

4月27日「何もかも残り少なく不安かな」
      「助けてと合図をすれどノーアンサー」

4月30日「助け船まだ来ぬ先から乗る準備」
      「いま天気どこまで続くわが命」

5月2日 雨。「叫べどもこたえてくれないアホウドリ」
      貨物船、また行ってしまった。10隻目。

5月3日 霧。食料は6月中は何とかなりそう。霧晴れるが、曇り空。
      「漂流も2ヵ月たつと歌も出ず」

5月15日 69日目。晴れ。どこまでも希望を捨てずに。
       最後にチャンスが来るかもしれない。

6月2日 87日目。雨。八方ふさがり。どうすればよいか分からない。もうこれ以上進めない。
       人間は過去を振り返ることはできても、過去に戻ることはできない。
       さすがに20日間、一隻の船もいないと、あせりが出てくる。
       天候もいっこうに回復しそうにないし。このまま助からないように思えてくる。


すべての人は、目的なき人生を、今なお漂流
中している。
6月4日 行方不明のまま、帰れないかもしれないと
      思いだした。頑張れ清二。

6月7日 92日目。晴れ。
      青い空。白い雲。光り輝く水平線の中から、
      一隻の船が。
      迷い子になったわが子を見つけた母親の
      ように汽笛を鳴らしながら、
      一直線にこちらへやってきた。
      そして、静かに私の横に止まった。

かくて、諸井さんは九死に一生を得ました。

全人類は、目的なき人生を、今なお漂流中です。