P14-千日の稽古を鍛とし万日の稽古を練とす/宮本武蔵

近年、漫画やテレビドラマの影響で一躍、人気を上げているのが「二刀流」で知られる江戸初期の剣豪・宮本武蔵です。

幼少のころから武術の才能に優れていた武蔵は、13歳で有馬喜兵衛との決戦に勝利して以来、諸国を巡って剣の道一筋に錬磨し、29歳で佐々木小次郎を巌流島に破るまで、60数度の決闘に、ただの一度も、敗れたことがなかったといわれます。


宮本武蔵は自分の剣の腕は
まだまだ未熟だと記している。
しかし武蔵は晩年、自らの剣法の神髄を残した『五輪書』に、自分の剣は、まだまだ未熟であると記しているのです。有名な「千日の稽古を鍛とし万日の稽古を練とす」の一節も、終わりのない武の道をひたむきに求めた、彼の心境ではないでしょうか。

日本映画を知る人で、監督・黒沢明の名を知らない人はありません。

国内外の映画賞を総なめにした「世界のクロサワ」は、「スター・ウォーズ」監督のJ・ルーカス、「E.T.」のS・スピルバーグらが師と仰ぎ、作品は海外でも模倣されるほどでした。その彼が平成2年3月・米アカデミー賞・名誉賞を受賞した時の言葉です。

「この賞に値するかどうか、少し心配です。なぜなら私はまだ映画がよく分かっていないからです」

黒沢監督にして「映画が分かっていない」の言は、完成なき道を語るに十分でしょう。また彼は、こうも漏らしています。

「あと五本、映画を撮らないと、僕は死に切れない」

カンヌ国際映画祭のグランプリ受賞作「影武者」撮影中のことです。その後、撮影した映画は4本。88年の生涯、30本の作品を残してなお、満足はなかった。

「死に切れない」の無念に、芸術の本質を見る思いがします。

完成のないのは、これらの道だけではないでしょう。学問やスポーツも、皆円満成就というゴールはありません。

「それがいいんだ、完成したと思ったら進歩がない」
「『死ぬまで求道』こそが素晴らしいのだ」

大抵の人は、こう言うに違いありません。だが、少し落ち着いて考えれば、「『死ぬまで求道』が素晴らしい恥とは、100パーセント求まらないものを、死ぬまで求め続けることの礼賛であり、ナンセンスであると気づきます。

なぜなら、求めるのは、「求まる」ことを前提としているはずであるからです。

宝くじを買う人の、気持ちはどうでしょう。お金を出して、時に行列作ってでも買い求めるのは、万に1つでも「当たるかもしれない」と思えばこそ。当たるなんて思ってないよ≠ニ笑う人でも、本心からそう思っているなら、買うはずが無いのです。

死ぬまで「求まらぬ」と知りながら、求め続けることは、去年の宝くじと知りながら、買い続けるようなもの。それでいいんだ≠ニどうして言えましょう。

ここに気づいたとき、人ははじめて、平生業成(人生の目的が現在ただ今完成できる)の親鸞聖人の教えの、すごさを知らされます。