S05-死の恐怖/渡辺格

「なぜ死ぬか。だれもが一度は取りつかれる疑問だが、やがてまた忘れられる。答えが出せないからだ。しかし、死の恐怖は、忘れることでしか解決できないのだろうか」(渡辺格)

慶応大学名誉教授であり、生命科学者の渡辺格氏は、著書『なぜ死ぬか』の中で、こう問いかけています。

渡辺氏は、子供のころから死の恐怖にとりつかれていたといいます。

「あまりの恐怖に、夜中に悲鳴をあげて飛び起きることが年に2、3回はある。理性も何もなく、ただ断末魔のような叫び声を上げているのだ。隣に寝ていた妻は、驚いて目を覚まし、『誰だって死ぬのは当たり前じゃない』そう平然と答えた。内心私は、死を実感できないなんて、のんきなものだとあきれていたのだった」

同氏は、死がこわい理由に2つあると述べています。

1つは、死がもつ、あまりに大きな破壊作用。予告もなく、すべての希望を奪いさる。もう1つは、死ぬときの肉体的な苦しみ。しかも、この2つが技術的に和らげられたとしても、人間は、死のもつ不条理を受け入れることはできないといいます。

「死ぬべくして生まれてきた人間とは一体何なのか、という問題は未解決のままなのだ」
「むしろ恐怖を受け止めながらも、正面から死を見つめることのほうが、人間として大切なのではないだろうか」


「死ぬべくして生まれてきた人間とは一体何な
のか、という問題は未解決のままだ」(渡辺格)
こう考えた渡辺氏は、物と心を分断したデカルトの方法論に疑問を持ち、生命の研究に向かいました。

遺伝子の正体はDNAであると知り、さらに心との関係を考察していきます。

著書の最後は、こう締めくくられています。

「なぜ死ぬか。それは宇宙が死に向かっているからだ。銀河も星も惑星も、すべてが死に向かうなかに、人間の営みも、文明もある」

「必ず死ぬ運命にあることは分かった。では、なぜ生きるのか。それを探るのが、今地球上に死ぬべくして生まれてきた我々人間なのである」

一流科学者の、これが人生の結論なのでしょうか。